滋賀人のシガリズム Vol.3

作り手を作り、
文化を育てるふるさと。

洞智子さん(イラストレーター)

滋賀県でイラストレーターとして活動している洞智子さん。琵琶湖の生き物のイラストも手掛けています。どうしてイラストを描き始めるようになったのか。そして、ずっと訪れてみたかったというヴォーリズ建築のお話をお伺いしました。

〈前編〉


私は小さい頃から絵を描くことが好きで、当時は少女漫画を真似したり、家の断面図を描いてみたり。高校も滋賀県内のデザイン科へ進学して、卒業後は大阪の専門学校でグラフィックデザインの勉強をしました。当時はイラストレーターになるとは、全然思っていなくて。社会人になってからは、京都の会社でデザイナーとして働いていた期間が長いです。深夜残業も多くて大変だったけれど、何かを作ることはやっぱり楽しかったですね。
イラストは、デザイナーをしていたときも結婚と子育てで会社を辞めていたときも年に数回仕事を依頼されていて。その後、子どものために描いた「あいうえお表」がSNSで話題になって、商品化したのをきっかけにだんだんとイラストレーターの仕事が増えていきました。


イラストレーターという仕事をしているせいか、やはり人が想像力を膨らませて作ったものに興味があります。滋賀でいえば、「ヴォーリズ建築」です。アメリカ人の建築家「ウィリアム・メレル・ヴォーリズ」が手掛けた建物が全国に1,500~1,600件ほどあるようで、ヴォーリズが滋賀で暮らしていたこともあって、特に近江八幡市に多くみられます。私が今住んでいる日野町の隣町にもあって、存在はずっと知っていたのですが、訪れる機会はなかなかありませんでした。
私が初めて体験したヴォーリズ建築は、「白亜の殿堂」や「東洋一の小学校」ともいわれた「旧豊郷小学校(1937年建造)」。最初は白くて真四角の外観から固い印象を受けたのですが、中に入ってみると、一転やわらかみや温かみを感じました。窓が大きくて自然光が木の廊下にやさしく降り注いでいて、初めて訪れたはずなのに不思議と懐かしい気持ちに。

あと面白かったのが、階段の手すりに施されたウサギと亀をかたどった像です。調べてみると、ヴォーリズに建築をお願いした実業家の古川鉄治郎は、幼い頃、学校の級友にのろまだとからかわれていたときに、担任の先生に「誰も見ていないところでも努力し、ゆっくりでもいいから前へ進んで行きなさい」と励まされたそうです。そのエピソードをヴォーリズが聞いて建築に取り入れたそうですよ。最上階には、ちゃんと最後まであきらめず登り続けた亀の像が置かれていて。素敵な遊び心ですよね。

ヴォーリズは当初、キリスト教を布教しようと英語教師として来日したのですが、信仰上のいざこざで解雇されてしまったそうです。でも彼はそこであきらめずに、次は建築を通してキリスト教を伝えるという新しい目標を掲げて動き出すんです。私も、イラストやデザインが好きでしたが、就職難などいろんな困難があって、自分のやりたいことがなかなかできない期間がありました。でもやっぱりイラストが好きで続けていたから、今の私がある。そう思うと、先ほどのうさぎと亀の話ではないですが、自分の考えを貫きとおして、亀のように地道に進んでいく大切さをヴォーリズは教えてくれているのかもしれませんね。

〈後編〉


2015年春に大阪で個展を開いた後、滋賀でも個展を開きたくてギャラリーを探していたんです。インターネットで検索する中で辿り着いたのが、東近江市にある「ことうヘムスロイド村」でした。「ヘムスロイド」とは、スウェーデン語で手工芸という意味。旧湖東町と手工芸が盛んなスウェーデン・レトビック市が姉妹都市であったことから名づけられたそうで、「アート・クラフトによる地域振興」を目的とした施設です。木々に囲まれて北欧の街並みを彷彿とさせる5棟の赤い屋根の建物には、日本画や陶芸、吹きガラスなど、5組の作家がものづくりに励んでいます。

「BASE FOR REST」というカフェもあって、ご夫婦が経営されています。冬季はお休みされていますが、ナチュラルな素材を使ったメニューは絶品ですし、天気のいい日はコーヒーをテイクアウトして、屋外のベンチでゆっくり座って飲むこともできます。カフェの2階では整体やヨガ教室、英会話教室も開いていて、地域の人たちが集まる場になっているんですよ。それに、村の周りには美しい池や田園の風景が広がっていて、散策するだけで心がリフレッシュします。

カフェの店主とお知り合いになれたこともあり、ことうヘムスロイド村で毎年5月に開かれる「ヘムスロイドの杜まつり」に2016年に初出展しました。このイベントは、全国から約130組の作り手さんが集まるクラフトイベントで、来場者が2万人を記録するほどの人気があります。今年は残念ながら新型コロナウイルス感染症の影響で中止になりましたが、もし次に開催できたときにはぜひ訪れてほしいです。作家の工房が開放されて、制作の様子を見学することができますし、こだわりの手作りの品々がたくさん展示販売されるので、きっとお気に入りのものが見つかると思いますよ。

2016年 ヘムスロイドの杜まつりでの洞さんの出展

2016年の夏には「BASE FOR REST」で、琵琶湖に住む生き物や民話のイラストを展示する個展「しがをみてみよう!展」を開催。それをきっかけに、「滋賀県立琵琶湖博物館」のディスカバリールームの壁面デザインの依頼もいただくことができました。この博物館は、「湖と人間」をテーマに、琵琶湖のなりたちや人と生き物の関わりについて学ぶことができるのはもちろん、国内最大級の淡水の生き物の展示もあって、大人も子どもも楽しめるところです。博物館担当者の方々と何度も話し合って、大人の目線では気づきにくい場所にイラストを描くなど細かいところまでこだわってデザインしたので、来館された際には、ぜひディスカバリールームものぞいてほしいです。


何かものを作るときって、普段暮らしている環境が何かしら創作のベースになっていると思います。私が暮らす滋賀は時間がゆったりと流れていてほどよく何もないからこそ、作り手の想像力を刺激するような気がします。だからこれからもこの土地で、ものづくりを続けていきたいです。そして滋賀の魅力を伝えていきたいと思っていて、最近は甲賀市の観光ガイドマップを手掛けたり、滋賀で活動するクリエイターと一緒にフリーペーパーを作ったりもしています。イラストが主軸というスタンスを保ちつつ、これからも新しい挑戦を続けていきたいですね。

ことうヘムスロイド村や滋賀県立琵琶湖博物館などでのご縁を通じて、イラストレーターとしてどんどん活躍の幅を広げている滋賀人、洞さん。その活躍の裏に、作り手を育む滋賀の風土があるのかもしれません。

洞智子(イラストレーター)

滋賀県在住。 広告制作会社にグラフィックデザイナーとして勤務。 2010年よりイラストをメインに フリーランスとして活動をはじめる。主な仕事に滋賀県立琵琶湖博物館ディスカバリールームの壁面イラスト、TSUTAYA BOOK STORE 近鉄草津内の壁面イラスト「いくつ知ってる?滋賀のあいうえお」など。
https://horatomoko.com/